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Re: 調査旅行(中越地震を歩く)報告

 投稿者:村松  投稿日:2006年11月27日(月)15時20分51秒
返信・引用
  東竹沢の河道閉塞で、ダムアップした湖と新たに開通した国道291号の新宇賀地橋です。芋川を埋積指せた膨大な土砂(幅300m×長さ350m×高さ28m)を取り除くことができず、下流側に砂防ダムを建設し、そのままダム湖を残すことになりました。そのため、上流側の木籠の集落は、土砂に埋没してしまいました。  

Re: 調査旅行(中越地震を歩く)報告

 投稿者:村松  投稿日:2006年11月27日(月)15時15分12秒
返信・引用
  案内のM先生を先頭に、会員が現場に向かいます。

奥の工事現場が、芋川をせき止めた河道閉塞の現場です。河道閉塞を起こした地滑り土塊は、最初は重機がもぐりこんでしまうほどズブズブだったそうです。そのため、古辞書の紙を裁断して土砂に混ぜ、地盤を固めてから工事をしたそうです。
 

Re: 調査旅行(中越地震を歩く)報告

 投稿者:村松  投稿日:2006年11月27日(月)15時09分12秒
返信・引用
  沢の中に、大きな円筒状の構造物が組み合わさっています。下流側には侵食防止のブロックが敷かれています。円筒状の構造物は、伊那谷でよく見るセルダムと似ていますが、金属製(アルミ?)の枠内部は、コンクリートでなく、崩れた土砂のようです。

どうも、多量の土砂を利用して砂防施設にしたもののようです。芋川流域には、このような砂防施設がいくつもありました。中身を埋めた土砂が流れ出さないようにきちんと管理できるのでしょうか?
 

Re: 調査旅行(中越地震を歩く)報告

 投稿者:村松  投稿日:2006年11月27日(月)14時59分11秒
返信・引用
  この写真は、塩谷地すべりの下方から下部の様子を写したものです。移動した土砂が崩れないようにと、大きな土留め工がなされていました。  

調査旅行(中越地震を歩く)報告

 投稿者:村松  投稿日:2006年11月27日(月)14時55分32秒
返信・引用
  25〜26日と、新潟県中越地震で大きな被害を受けた山古志地域を調査・見学してきました。2年過ぎたのですが、今でも激震地域の5地区は避難指示が続いています。そのため、住民でさえ許可書がなければ帰ることができません。今回は、特別な許可をいただいて、調査・見学してきました。

昨年も同様に調査を行ったのですが、昨年と比べて、道路・崖・集落の様子がかなり変わっていました。昨年は主要道でさえ、まだ復旧していなかったのですが、今年は山古志を横断するR291が全面復旧し、だれでも通れるようになっています。くずれた荒々しい崖は、コンクリート法枠でほとんどが覆われていました。一方、全壊率100%の集落では、昨年には被害を受けた家屋が多く残っていたのですが、今ではほとんどが解体されてなくなってしまいました。倉庫のみが点在する集落を見ると、これからが本当に行政の支援が必要な気がします。

さて、ここでは中越地震で被害を受けた場所の2年後の様子を写真でいつくか紹介します。最初は、中越地震最大の地すべりである塩谷地すべりです。地すべり土塊の杉林が刈り払われたので、昨年よりも背後の滑落崖がよく見えるようになりました。
 

Re: 見学会報告「渓谷のダム」

 投稿者:村松  投稿日:2006年11月11日(土)18時25分9秒
返信・引用
  大泉ダムは砂防ダムのようなんですが、驚くことに取水施設がありました。多目的砂防ダムというべきか?

写真は堤体からでている高さの異なる4つの取水管です。一番下は地面の下にあるようです。これは、ダム湖内に土砂が溜まって水位が変わっても、取水できるような工夫です。取水した水はそのまま水路で運ぶのでなく、すぐ下の副堤へ落としていました。つまり、ダムで水を溜めておいて、渇水期でも一定の水量を流すしくみです。ダムの100mほど下流には左岸側の井水取入口があるそうです。

しかし、この取水施設は、あまり管理がなされていないようです。薮に埋もれる姿は産業遺跡のようでした。ダムができたのは昭和48年ですので、現在までに33年しか経っていません。

最後に、右岸側へ回ってダム湖まで行きました。ダム湖には、2003年台風豪雨によって多量の砂礫が堆積していました。ここでは写真を撮るのを忘れてしまいました・・・
 

Re: 見学会報告「渓谷のダム」

 投稿者:村松  投稿日:2006年11月11日(土)17時37分22秒
返信・引用
  大泉川に沿ってさかのぼると、谷がせばまってきて、変成した粘板岩の岩盤がでてきます。途中の護岸では、ところどころ護岸が改修されていました。2003年の台風災害でくずれたようです。車をとめて、少し歩くと大きなダムが見えてきました。これが大泉ダムです。  

見学会報告「渓谷のダム」

 投稿者:村松  投稿日:2006年11月11日(土)17時31分12秒
返信・引用
  南箕輪村の大泉ダムへ行ってきました。大泉川は2000m級の経ヶ岳山塊から流れだし、大きな扇状地をつくって天竜川に注ぐ河川です。名前からいつも豊かな水が流れているようなイメージを抱きますが、渇水期には水が伏流してしまい水が得られない、台風や梅雨期にはひどい洪水に見舞われる、というように、たいへん扱い難い川だそうです。そのため、扇状地にはカナート(横井戸)がいくつもあるそうです。もともとの名前は大泉川でなく尾泉川?だったようです。

さて、最初の写真は大泉ダムより下流の砂防ダムと浄水施設です。砂防ダムから取水しているように見えます。
 

鹿嶺高原−入笠山での風車建設反対署名をお願いします

 投稿者:村松  投稿日:2006年11月 3日(金)22時14分11秒
返信・引用
  「入笠山・鹿嶺高原周辺の風力発電計画反対一万人署名」を入手しました。さっそく署名して、多くの知り合いに署名を呼びかけました。

署名用紙はここからダウンロードできます。賛同できる方はぜひお願いします。
http://furusato.main.jp/

この署名は11月25日に集約し、11月末日に伊那市議会議長宛に提出するようです。関係者に聞くと、地元自治体である伊那市の議会では、風車建設計画に対して12月にも意思表示を行うそうです。
 

Re: 見学会報告「天竜村地蔵峠」

 投稿者:村松  投稿日:2006年11月 3日(金)22時05分15秒
返信・引用
  坂部から太田にかけては急峻でしたが、山の上まで来ると急に緩やかな地形となって、地形の変化に驚きます。この平坦面は、三河準平原の一番東にあたります。

写真は地蔵峠近くの三ツ沢という集落です。標高は1150mもあります。夕方の高原はけっこう寒かったですね。緩やかな稜線では放牧がなされていたらしく、鉄索が残されていました。今日の参加者は私を含めて16人でした。
 

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